PR

島津貴久とザビエルゆかりの地。日置市の城山公園(一宇治城跡)の歴史とアクセス。


鹿児島県日置市伊集院にある城山公園は、伊集院地域市街地のほぼ中央部の標高142mの小高い丘で、市街地より徒歩で約10分の近距離に位置する都市公園です。

公園奥にある広場にある展望台からは、市街地・東シナ海・桜島などの大パノラマを楽しめます。春になると公園一帯の桜が開花し、多くの市民が訪れます。

城山公園(一宇治城跡)の所在地・施設

所在地:鹿児島県日置市伊集院町大田
駐車場:有り(無料)
公園内トイレ:有り

城山公園の来歴

城山公園は中世山城の一宇治城跡であり、また公園内にある神明城跡地は、天文18年(1549年)島津貴久公がフランシスコ・ザビエルと会見し、日本で初めてキリスト教布教を許したと伝えられている地でもあります。
この城に初めて住み城主となったのは、今から約800年前の鎌倉時代の初め、伊集院郡司の紀四郎時清でした。その後4代続き、次に島津氏の一族伊集院久兼が城主となり、数代続きました。
後に島津本家の城となり第15代の島津貴久がこの城を中心として薩摩・大隅の平定に力を尽くしました。貴久の子どもの義久、義弘、歳久等も住みましたが、天文19年(1550年)に貴久が鹿児島の内城へ移り、廃城となったとされています。

城山公園内の史跡

公園内に設置されているフランシスコ・ザビエル像。
1549年に第15代島津貴久ははるばると来日・鹿児島へ上陸したザビエルのことを聞き、奥の間にて面会を許し、そこで貴久公の母とも面会したという記録が残っているとのこと。
そしてこの城で貴久は日本で初めてキリスト教の布教を許可したのである。
貴久は翌年鹿児島城に移り、ザビエルもキリスト教布教のため京都へ出発している。


公園内を登っていくと神明城跡地があり、その一角に「ザビエル碑」が昭和24年に建立され今も残っている。碑の上部にあるマークは島津家の丸に十字の家紋とキリスト教の十字架を組み合わせたものである。


こちらは中世一宇治城時代に築かれた敵や動物の侵入を防ぐため空堀の跡。1550年代に廃城になって以降約470年経過してもこのようにはっきり空堀の跡が残っているのは凄いですね。

公園内は南九州の中世山城の痕跡があちらこちらに残っており当時の山城の様子を想像・楽しむことができます。

城山公園へのアクセス

・伊集院駅から車で約3分
・伊集院ICから車で約5分
・日置市役所から車で約8分
・鹿児島市から車で約20分